平成29年 第7回日本情動学会

日本情動学会第7回大会
一般公開シンポジウムに寄せて

富山大学名誉教授 津田 正明
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 平成29年12月9日(土)に富山県民会館において、西条寿夫大会長のもと第7回情動学会が開催されました。午前中に会員発表が行われ、午後に一般公開シンポジウムが開催されました。シンポジウムのタイトル『情動発達と子供の養育環境』の趣旨に沿って、とくに脳神経科学の研究成果と教育現場の実情と経験とのマッチングを図るという観点から、5人の演者に幅広く話題を提供していただきました。
 最初に、臨界期とエピジェネテイックスという観点から,私から話題を提供しました。出生後、刺激に感受性高く応答して神経回路を発達させる臨界期のあること、それにエピジェネテイックスが関わっていることを紹介しました。二番目に、高橋努先生から(プログラムでは最後の予定でしたが、都合により急遽二番目に変更になりました)、とくに境界性パーソナリテイー障害に焦点を当て、環境や生育要因と特定脳部位変化との関係について、脳画像解析による成果をもとに話題が提供されました。三番目に、関根道和先生から、文部科学省スーパー食育スクール事業によって行った疫学調査の成果をもとに、子供の健全な心身の発達には、就学前からの家庭における生活習慣づくりとそれを可能にする社会環境の充実が重要であることが紹介されました。四番目に、水内豊和先生から、自閉スペクトラム症(ASD)に焦点を当て、ソーシャルスキルの習得や自己肯定感の回復の必要性などが、実例を示しながら紹介されました。最後に、西丸広史先生が、皮質下視覚経路が顔検出などの素早い反応に関わり、小児の社会行動の発達に重要な役割を果たしていること、及び、この経路の異常が自閉症児の示す注意の解放傷害に関係する可能性について話されました。以上の話題提供によって,子供の養育環境の大事さをいろいろな観点から知ることができ、たいへん有意義なシンポジウムだったように思います。

 さて、今回のシンポジウムからもわかるように、養育環境が子供の脳の発達に影響を与えることは間違いないものと思われます。その影響を考える上で、とくに幼児脳発達における臨界期の存在を考慮する必要があります。例えば、オオカミ少女の場合ですが、オオカミ社会の情報が臨界期にあった少女の脳を作り上げてしまって、その後人間に戻そうとしても手遅れだったということがあります。オオカミ少女の信憑性に疑問もありますが、いずれにしても私は、オオカミ少女は今後の幼児脳教育を考える上で、象徴的な事例のように思っています。
 今、私たちは電子社会の到来という大きな変革期を迎えています。グローバル化というかけ声のもと、我が国が国際競争に勝ち残るためにということで、子供たちの教育にその影響が及んでくることは必定のように思われます。英語教育がそのよい例かもしれません。私も、我が国の英語力レベルを向上させるには、臨界期を使った幼児教育が確かに有効だろうと思います。それと同様に、来るべき電子社会に向けたIT教育も、幼児期から始める方がよいかもしれません。
 しかし、英語教育でも同じですが、幼児期にIT教育を課することでソーシャルスキルが早く身につくにしても、本来、脳の発達期に受けておかなければならない環境刺激の受容がおろそかになるようなことはないでしょうか?ヒトの脳も他の動物と同じように、周りの自然環境や他者と共存する生活環境の影響を受けて動物脳として進化してきました。とくにヒトでは、複雑な社会生活を営んでいく上で、高い知能とコミュニケーションを介した多様な情動行動が獲得されてきました。それには長い進化の時間を要しています。私たちヒトは、産まれ落ちた環境に育つうちに、様々な社会的な刺激を受容して、長い進化で培ってきた脳の機能性を一つ一つ表出しながら、ヒトの社会で初めて生きていくことができているのです。オオカミ社会では、培ってきたヒトとしての機能性は発揮されないのです。
 今、人工知能(AI)の進化が急速に進んでいます。その事実から、将来的にヒトとAIとの融合が可能となり、ヒトの進化速度が急速に高まるという考え方があります(この仮説を“シンギュラリテイー(技術的特異点)”と呼ぶ)。これは、まさにヒトのロボット化、ロボットのヒト化を意味します。この特異点は、2045年には来るというのです。現在のスマホの普及、囲碁ソフトの勝利、ヒト型ロボットの開発を目の当たりにしていると、この仮説が仮想的世界のことと言い切れないところがあります。もしそれが未来社会の現実とすると、将来的に、臨界期に行われる幼児教育にIT教育が組み入れられることは間違いなく、おそらくその比重は増していくに違いありません。
 さて、そうなった時、ヒトの知能ははるかに進化しても、情動は変わりようがありません。むしろ私たちは、教育がソーシャルスキル習得に偏ってしまった結果、培ってきた本来の情動を十分に育てられないで成長するかもしれません。ひょっとすると芸術や文化作品に触れても、何の感動も起こらないロボット化したヒトが普通に生活しているかもしれません。そして逆に、ヒト化したロボットに、芸術作品に織り込まれている感情の機微について教えを請うているかもしれません。そのことに気が付いたとき、ヒトはもはや後戻りはできなくなっていることでしょう、オオカミ少女がヒトに戻れなかったのと同じように。つまり、来るべき電子社会は、へたをするとオオカミ社会にならないともかぎらないのです。
 以上の議論は少し極端かもしれません。しかし、未来社会のことは予測がつきません。そんな予測のできない時代を迎えるということは、現実です。したがって、私たちがそんな時代にあってもヒトとして生きていくには、環境とのふれあいに努めて、動物脳をフルに活用することが最低限求められるように思います。いずれにしても、今後、情動を育てるための幼児教育がますます重要になってくることは間違いないでしょう。また、人々が豊かな情感で培ってきた伝統文化などが、将来的にますます継承されない状況が想定できます。したがって、教育ばかりでなく、伝統文化などがヒトの情動発達に果たす役割についても、今後、私たちはもっと見直してみる必要があるでしょう。そのことを指摘するのも、情動学会の役割かもしれません。
平成29年12月末日
  • シンポジウム・一般口演の内容は会員限定頁よりご覧頂けます。






  • 一般公開シンポジウム

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    13:00 〜 17:00  一般公開シンポジウム会場(611号室)
               司会:津田 正明(富山大学名誉教授 薬学)
               西条 寿夫(富山大学医学薬学研究部)

    13:00 〜 13:05 イントロダクション(主旨説明)
               津田正明(富山大学名誉教授 薬学)

    13:05 〜 13:50 環境と脳の発達
               津田正明(富山大学名誉教授 薬学)

    13:50 〜 14:35 皮質下視覚経路と小児脳発達
               西丸広史(富山大学大学院医学薬学研究部 システム情動科学)

    14:35 〜 15:20 子供の家庭環境・生活習慣と心身の健康
               −文部科学省スーパー食育スクール事業等の結果から−
               関根道和(富山大学大学院医学薬学研究部 疫学健康政策学講座)

    15:20 〜 15:30 休 憩
    15:30 〜 16:15 自閉症児・者の発達・教育上の課題とソーシャルスキルの指導
               水内豊和(富山大学人間発達科学部)

    16:15 〜 17:00 精神疾患と環境要因:脳への影響に注目して
               高橋 努(富山大学大学院医学薬学研究部 神経精神医学講座)

    17:00 〜 17:05 閉会のあいさつ
               本間生夫(東京有明医療大学)

    会員発表

    9:30 〜 11:15 第1会場(612号室)
               座長:政岡 ゆり(昭和大学医学部生体調節機能学)
               堀 悦郎(富山大学医学部 行動科学)

    1. 9:30 健康生成モデルにおいて生活の質と首尾一貫感覚がストレス反応に及ぼす影響 その1
               −媒介効果と調整効果−
               今井田貴裕・大浦真一・松尾和弥(甲南大学大学院人文科学研究科)
               福井義一(甲南大学)

    2. 9:45 痴呆症患者の環境モニタリング 工学的検知からの提案
               出口進也・高塚裕洸・山ア 努(アクソンデータマシン株式会社)

    3.10:00 蒸気吸入が睡眠、生活の質に与える影響
               土屋滋美・小田英志・鈴木 敦(花王株式会社パーソナルヘルスケア研究所)
               本間生夫(東京有明医療大学)

    4.10:15 不安感は安静時の呼吸リズムに影響を及ぼす
               加藤明恵(東京有明医療大学大学院)
               橋康輝,本間生夫(東京有明医療大学,東京有明医療大学大学院)

    5.10:30 発声を伴うヨーガ、瞑想による気分および情動状態の変化
               宮田裕光(早稲田大学文学学術院)

    6.10:45 香りによる自伝的記憶
               政岡ゆり(昭和大学医学部生理学部門 生体調節機能学)
               渡辺恵子(昭和大学医学部内科学講座 神経内科学部門)

    7.11:00 精神疾患の「D- 細胞仮説」と発症予防
               池本桂子(いわき市立総合磐城共立病院精神科(リエゾン科))

    9:30 〜 11:30 第2会場(613号室)
               座長:松村 京子(兵庫教育大学大学院学校教育研究科)
               浦川 将(広島大学大学院医歯薬保健学研究院)

    1. 9:30 4歳児の実行機能・セルフレギュレーション能力への教育効果
               青山 翔・松村京子(兵庫教育大学大学院学校教育学研究科)
               岸本記公野(兵庫県明石市立二見西小学校)

    2. 9:45 小学校5年生児童の実行機能を高める教育
               矢野真樹子・松村京子(兵庫教育大学大学院 学校教育研究科)

    3.10:00 被災地宮城県の小学1 年生における
               セルフレギュレーションの向上に関する研究
               山本訓子・松村京子(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科)

    4.10:15 絵本の読み聞かせ聴取時のNIRSによる前頭葉血流動態の検討
               −音読時・黙読時との比較−
               森 慶子(徳島大学医学部保健学科)
               余郷裕次(鳴門教育大学学校教育研究科)
               森 健治(徳島大学医歯薬学研究部子どもの保健・看護学分野)

    5.10:30 看護学生の情動知能と他者とのかかわりに関する研究
               −専門学校生と大学生の比較−
               石井慎一郎(自治医科大学看護学部)
               大川内鉄二(武雄看護リハビリテーション学校看護学科)
               瀬戸山美和(福岡医療専門学校看護科)
               路川達阿起・佐藤貴紀(自治医科大学看護学部)

    6.10:45 被虐待経験が攻撃性に及ぼす影響
               −マインドフルネス傾向の調整効果−
               松尾和弥(甲南大学大学院人文科学研究科)
               福井義一(甲南大学)

    7.11:00 児童養護施設における幼児の心理・行動状況と幼児教育・保育との連携
               村松健司(首都大学東京)
               坪井 瞳(東京成徳大学)
               保坂 亨(千葉大学)

    8.11:15 感情語が豊富な子どもほど向社会的である
               −小学生の感情理解と向社会性の関係−
               渡邊直美・小林哲生(NTT コミュニケーション科学基礎研究所)



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    第7回日本情動学会大会
    【日本情動学会第7回大会のお知らせ】


    テーマ『情動発達と子供の教育環境』
    富山大学富山大学医学薬学研究部 西条寿夫 大会長
    2017年12月9日(土)
    場所:富山県県民会館 6階 詳細
    参加費:会員3000円 学生会員2000円(当日会場でお支払いください)

    【参加申込方法】
    電子メールにて、件名「日本情動学会参加登録」として、emotion@med.u-toyama.ac.jpまで本文に
    1) 氏名(ふりがな)
    2) 所属 
    3) 電子メールアドレス 
    4) 発表希望の有無
    5) 懇親会参加の有無を明記してお申し込み下さい。

    【学会発表申し込み】
    締切2017年10 月16日(月)
    発表時間15分(口演10分、質疑応答5分)を予定しております。
    電子メールにて、件名「第7回日本情動学会発表申込」として 本文に
    1) タイトル 
    2) 口演者名 
    3) 共同研究者名 
    4) 所属先
    を明記の上、
    抄録300-400字を添付し、第7回大会事務局 emotion@med.u-toyama.ac.jpまでお申込み下さい。

    【大会スケジュール】
    午前中
    ●学会発表(会員のみ):9:30-11:30(受付9:00より)

    午後
    ●一般公開シンポジウム(無料):13:00-17:00
    司会:津田正明・西条寿夫

    「環境と脳の発達」
    津田正明(富山大学名誉教授:薬学)

    「皮質下視覚経路と小児脳発達」
    西丸広史(富山大学医学薬学研究部 システム情動科学)

    「子供の家庭環境・生活習慣と心身の健康
           -文部科学省スーパー食育スクール事業等の結果から-」
    関根道和(富山大学医学薬学研究部 疫学・健康政策学)

    「自閉症児・者の発達・教育上の課題とソーシャルスキルの指導」
    水内豊和(富山大学人間発達科学部 発達教育学)

    「精神疾患と環境要因:脳への影響に注目して」
    高橋努(富山大学医学薬学部 神経精神医学)

    ●18:00より懇親会

    たくさんの方のご参加をお待ち申し上げております。

    【問合せ先】
    第7回大会事務局
    emotion@med.u-toyama.ac.jp

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