こころのカフェテリア

運動のパフォーマンスと情動 Vol.9

スポーツでも楽器の演奏でも、練習ではうまくできるのに本番の競技会やコンクールでは緊張してしまってうまくいかないという経験はないでしょうか?プロスポーツのテレビ中継で、これを決めれば優勝、という場面では選手の緊張が視ている私たちにまで伝わってきます。成功(賞賛や報酬)あるいは失敗(落胆や損失)は運動を練習し実行するインセンティブになりますが、足かせにもなります。私たちヒトと同じ霊長類のサルの研究で、成功すると報酬がもらえる運動課題を習熟したサルでは、もらえる報酬の量をあらかじめ知らせておくと、より多くもらえるとわかっているときの方が課題の成功率は高くなることが知られています。しかし、よりたくさん報酬がもらえる“数少ない機会”であると知らせると、熟達している運動課題であるにもかかわらず失敗することが多くなってしまうことが最近報告されています1)。もしかするとヒトだけでなく、サルたちもプレッシャーに弱いのかもしれません。
トップアスリートたちが、試合に向けて体(フィジカル)のコンディションだけでなく、心(メンタル)コンディショニングを行うことは、もはや常識になっていますが、情動が運動のパフォーマンスに影響する脳のしくみはまだよくわかっていません。なにかの目標を達成するための運動をうまく行うためには、適度な注意と緊張が必要とされていますが、そうした情報は脳でどのように処理されているのでしょうか?また、過去に同じ運動をしてうまくいったときのうれしい体験、失敗したときのくやしい体験は、次に運動するときに脳の中でどのように影響を及ぼしているのでしょうか?このような疑問に対して神経科学の研究者が注目している脳部位のひとつに、前帯状皮質があります2)。この部位はヒトとサルでは、意識、注意、記憶、報酬への期待、運動の調節、さらには行動の結果のモニタリングとそれを元にした次の行動調節に関わる領域として知られるようになりました2,3)。この部位はまた、視覚情報や触覚などの体の感覚、運動、情動を司る脳の他の場所と密接に繋がっていて、いわば情報を中継し統合するハブとして機能していると考えられています。げっ歯類であるマウスの研究でも、前帯状皮質は、報酬を得る行動のための運動の始まりと終わり、さらには過去の運動の結果と将来の報酬の期待に関係していることが明らかになりました4)。また、肉体的・精神的負荷を伴う運動を実行する際にも重要なことがこれまでに示されていて5)、さらに研究が進むと、プレッシャーがかかるなかでもうまく楽器を演奏できたり、ペナルティーキックを成功させる脳のなかの鍵が見つかるかもしれません。

(文:西丸広史 富山大学学術研究部医学系 准教授)

文献
1. Smoulder AL, Pavlovsky NP, Marino PJ, Degenhart AD, McClain NT, Batista AP, Chase SM. Monkeys exhibit a paradoxical decrease in performance in high-stakes scenarios.
Proc Natl Acad Sci U S A. 118(35):e2109643118, 2021

2. 岩田 潤一、嶋 啓節、虫明 元、前帯状皮質、脳科学辞典、https://bsd.neuroinf.jp/wiki/前帯状皮質

3. 内山由美子、注意障害の臨床~Attention, please!~、神経心理学 第34巻第2号155-161、2018

4. Sachuriga, Nishimaru H, Takamura Y, Matsumoto J, Ferreira Pereira de Araújo M, Ono T, Nishijo H. Neuronal Representation of Locomotion During Motivated Behavior in the Mouse Anterior Cingulate Cortex. Front Syst Neurosci. 15:655110, 2021

5. Elston TW and Bilkey DK, Anterior Cingulate Cortex Modulation of the Ventral Tegmental Area in an Effort Task, Cell Rep. 19:2220-2230. 2017