こころのカフェテリア

教師の情動能力 Vol.5

 教師の仕事は,接客業や医師・看護師と同様,Emotional labor(感情労働)と言われています。教師は,生徒の情動を読み取り,適切に対応する能力が求められています。しかも,相手はクラス内だけでも30人以上います。それぞれの相手に対して瞬時に教師自身の情動を調整し,適切な情動を表出して対応することになります。このような教師の情動的な対応が生徒の成績を向上させるという報告もあります。したがって,教師には,教科学習の指導能力だけでなく,情動の能力が不可欠と言えます。
 一方,生徒も教師や他の生徒と関わるためには情動の能力が必要です。しかし近年,SNS,リモート授業,マスクの着用などによって,他者の情動に直接触れる機会が減少していることが懸念されます。このような状況下で,教師と生徒の情動能力には以前よりも一層の注意を払うことが重要になっています。そこで,教師と生徒の情動について,私の研究室で行った2つの研究を紹介したいと思います。

優れた教師の情動能力1)
 「優れた教師」というと,それぞれ思い浮かべるイメージが異なると思います。ここでは「優れた教師」を「教育実習生を指導し,他の教師のモデルとなるような公開授業を行うことができる,一定の教育能力を持つ教師」と定義しました。このような「優れた小学校教師」41人を対象として,インタビューを行い,子どもと接する際の情動体験,表出,調整のプロセスについて,グランデッド・セオリー・アプローチという手法で質的に分析しました。その結果,教師の情動表出の主なパターンは,直接的な演出と情動の抑制であることが明らかになりました。教師は,子どもの前での情動表現をスキルと考え,目的を考え,情動表現を適切に使うという調整プロセスをとっていました。つまり,情動が大きく揺さぶられることはあまりなく冷静ですが,生徒への指導が必要な時は役者のように大げさに情動を表出させることがあるということです。これら結果から,「優れた教師」は情動の能力を効果的に使って指導していることが示唆されました。

生徒の情動認知への部活疲労の影響2)
 以前勤めていた大学の近くに県立の合宿所があります。そこで夏休みにある地域の中学校の陸上部が集まって合同合宿をするというので,「部活動による身体的疲労が中学生の認知機能と情動機能に及ぼす影響」について調べました。陸上部の中学生54人を対象に,2日間の夏季合宿の前後で,5種類の情動を示す表情と無表情の写真(Matsumoto & Ekman,1988)を用いた情動認知機能の測定を行いました。その結果,身体的疲労によって,複雑な課題における認知機能の低下,無表情から情動を判別する際の速断傾向と怒り認知傾向が明らかになりました。これらのことが中学生の対人関係のトラブルに繋がっているのかもしれません。
 今後,教員と生徒の情動能力に関する実証的研究がさらに増え,その結果が教員養成に活かされることを望みます。


1) Hosotani, R., Imai-Matsumura, K. (2011) Emotional Experience, Expression, and Regulation of High-Quality Japanese Elementary School Teachers. Teaching & Teacher Education 27, 1039-1048.
2) 門馬明子, 水野 敬, 梶本修身, 渡辺恭良, 松村京子(2015)中学生の身体的疲労が認知機能と情動機能に及ぼす影響, 日本疲労学会誌 10(2),45-51.

(文:松村京子 佛教大学教授・兵庫教育大学名誉教授)