こころのカフェテリア

心に咲く美しい花 Vol.4

記憶に重要な海馬や情動の中心である扁桃体の体積を測る技術が進んできました。自分の脳の大きさを数値で示すことができるなんて、自分の海馬が小さかったらどうしよう……と考えてしまいます。脳画像技術の中でも近年もっとも画期的だと感じたのは、ヒトの脳の体積だけではなく、神経の密度を数えることができるようになったことでした1。ある日、学生にこんな質問をしてみました。

「IQが高い人は脳の神経は多いと思う?少ないと思う?」

ほとんどの学生は「多い」と答えました。普通は神経がみっちりと密度が濃い方が良いに決まっていると考えるでしょう。私もそう思っていました。
それが答えは“密度が少ない”が正解でした。

これに関連して、ドイツの研究グループがおこなったとても面白い研究があります2。IQの高い人は神経の密度が少ないと報告したのです。IQがヒトの能力のすべてを示すわけではありませんが、言語の理解や感覚統合能力、また情報処理のスピードなどを数値化し、脳内の情報処理の効率や速度の指標となるスコアとされています。

この論文を読んだ時、私は植木の剪定を思い出しました。私たちは愛をもって余分な葉や枝を切る作業をします。本当に大切な部分へ栄養分を行き渡らせ、美味しい果実を実らせ、また美しく花を咲かせる。その為には剪定が必要です。
脳にもそのような神経の刈り込みがあると考えられているのです。そして神経がすっきりとしている方が、効率良く、そしてクリアに物事に取り組めるということでした。

普段私たちは、外部からの多くの情報と、自分の中に沸き上がる感情や過去の記憶で脳の中はワサワサとざわめいています。また充分な情報があるにも関わらず、人は不安な時に類似した情報をいくつも探してより不安を募らせます。
まさに余分な枝が絡まっているようなイメージです。栄養素は多くの枝に分散され、大切な部分に行き渡りません。すなわちエネルギ−は余分な思考に取られてしまうことになります。

脳が神経の刈り込みをするように、自分の意思や気持の持ちようでも自分なりの思考の“刈り込み”できるのではないでしょうか。
本当に必要で信頼ある情報だけを取り入れ、心を悩ますノイズをキャンセルすればもっと頭の中がすっきりとし、シンプルに物事を捉えられる気がします。
そのノイズを省く為のフィルターのような役割をするのが呼吸と香りです。

呼吸はリズミックに鼻の内部を刺激します。そのリズムと海馬や前頭葉のリズムがシンクロ(同調)することが明らかになりました3。そのリズムが崩れることで、海馬や前頭葉の役割である記憶や認知機能が低下することが言われています。呼吸の乱れは脳のリズムの乱れ、そして心の乱れともいえるわけです。

今、コロナ渦でのマスク着用、また不安の高まりで呼吸が浅くなっています。
心地よい香り、記憶に残る良い香りは呼吸を自然に深くゆっくりとさせます。脳内のリズムは深い呼吸にシンクロ(同調)し、同時に香りによって引き起こす記憶と感情の動きはそのシンクロをさらに高めるのです。悩みや不安による小波は、呼吸や香りによる大波に飲み込まれ、消えてしまうことを想像してみてください。

もし今、心の幹にたくさんのいらない枝や葉があり風の通しが悪く息苦しいと感じたら、深く呼吸をして自分の好きな香りを感じてみましょう。そしてすっきりとした幹の根に、たっぷりと水をやり、栄養分を与え、水を注いであげてください。

心に美しい花を咲かせるために。あなただけの美しい花です。


1. Zhang et al. (2012): NODDI: Practical in vivo neurite orientation dispersion and density imaging of the humanbrain. NeuroImage 61:1000–1016.
2. Genc et al. (2018): Diffusion markers of dendritic density and arborization in gray matter predict differences in intelligence. Nature Communications 9:1905.
3. Mofleh & Kocsis (2021): Delta-range coupling between prefrontal cortex and hippocampus supported by respiratory rhythmic input from the olfactory bulb in freely behaving rats. Scientific reports 11:8100.

(文:政岡ゆり昭和大学医学部生体調節機能学 准教授)