こころのカフェテリア

身体は饒舌に心を語る Vol.12

悲しい出来事が胃腸の不調を招いたり、幸福だと風邪をひき難かったり、心の状態は身体の状態に多大な影響を与えている。ポリグラフという装置をご存知だろうか?別名を「嘘発見器」とも言われ、心電図、呼吸、皮膚の電気伝導度などを測るために複数(ポリ)の電極を身体に取り付け、質問の前後などでそれらの波形(グラフ)の変化を記録する装置である。ポリグラフ検査は、うそをつくという行為に伴う心を司る脳部位の活動変化が心臓や皮膚血管・汗腺を支配する自律神経活動にも影響を与え、その結果として心拍数や皮膚の発汗が変化するという原理に基づいている。熟練したギャンブラーなら意思によって表情をコントロールしてポーカーフェイスを保ち、相手を欺く事ができるかもしれない。顔面の表情筋は自分の意思でコントロール可能な随意筋でだからである。これに対し、心筋や血管平滑筋は不随意筋である。その活動は自律神経によって自動制御されており、意識に登る事すらない。このような身体の仕組みから、表情を読むよりもポリグラフの方がより正確な嘘の判定ができると考えられている。
 しかし、ポリグラフを「嘘発見器」と呼ぶのは単純化しすぎである。上述のようにポリグラフは自律神経活動を変化させるような心の動きが生じたかどうかを判定しているのであって、嘘をつかなくても自律神経活動は変化する。実際、筆者は学生時代に実験心理学のクラスでポリグラフ試験の被験者を体験したことがあるが、異性の同級生に突然顔を近づけられただけでどきっとして心拍数が急上昇した。「どきっと」や「どきどき」という言葉は動悸すなわち心拍数または心拍出量が上昇する様を表している。驚きという心の動きでも嘘をついた時でも同様に自律神経活動が変化してしまう事があるのである。
 さて、このような自律神経活動の変化は人だけでなく実験動物でも同様だと考えられている。実験動物はポーカーフェイスを作ったり虚偽の報告をしたりしない(そもそも言語によるコミュニケーションができない)ので、自律神経活動あるいはその出力である心拍数、腸運動、免疫反応、体温などを的確に測定できれば、人を対象とするよりも心の研究対象としてむしろ相応しいかもしれない。

(文:桑木 共之 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科客員研究員、医学部非常勤講師統合分子生理学分野 前教授)